組織が不祥事を起こしたときに忘れたくないこと

雪印の時も(旧)厚生省の時もそうだったが、
被害にあった人の次に気の毒なのが
現場で一生懸命働いている人たちだ。

もちろん不祥事が原因で会社が倒産して
そのために失業する人がでたとしても
それは仕方のないことかもしれない。

苦情対応に追われて多忙になるのも
正当な労働契約の範囲内でなら問題はない。

「悪いのは会社であって俺じゃない」
などと川柳を詠んでみたところで、
その会社を選んだのは自分であるからして
少なくともその部分については自分で責任を取るしかない。

ただし責任者や組織そのものに社会的制裁を加えることと
その組織に属する一個人の人格を否定することは違う。

責任を負うべき人は必ずいるが、
それは「お客様相談室」の電話口にいる人や
店舗でケーキを売っている人ではない。

集団食中毒事件の時
ちょうど知人が雪印に勤めていた。

連日のように苦情電話で「人殺し」呼ばわりされたという。

一部の人は苦情電話の最中に感情が高まると
主語が「御社」でも「お宅の会社」でも「あんたんとこ」でもなく
「お前」になる。
主語が「お前」で「人殺し」。

今回はどうだろう。
不二家社員の家族までが
居心地の悪い思いをして暮らしていないだろうか。
「お前の父ちゃん不二家」
などと囃し立てるいじめが横行していないだろうか。

あるいはそれすらも
その組織を選んで所属した人の責任なのだろうか。

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3 Responses to “組織が不祥事を起こしたときに忘れたくないこと”

  • 広大ラーメン日記。

    2007/01/15 15:45

    不二家が悪いのか、経営者が悪いのか。

    マスナガ先輩のBlogに関連して。
    先週の金曜日、学校の【経営戦略論】という授業の中で
    非常にタイムリーな『不二家事件』が取り上げられた。

  • のり

    2007/01/15 21:04

     突発的に社会的弱者になるという恐怖・・・。お上が”悪いヤツだ”と晒したものに対しては凶弾しても良い。コレはストレスの多い文明社会が育ててきた一つのストレス解消法かもしれませんね。罪を憎んで人を憎まずとの言葉が生まれて幾数世紀。人の意識が進化するにはまだ少し時間がかかりそうですね。ネット環境はその辺にも光をあてる可能性がある、そう信じたいものです。

  • 2007/01/16 10:31

    > のりさん
    また同時に、人をつるし上げる消費者の方も社会的弱者になることに快楽を感じているような気もします。現代社会において最も立場が強いのは「被害者」ですから。